ちひろの『あそび』を通して大人も子どももあそべる展示

生誕100年を迎えるいわさきちひろが、現在活躍するさまざまな作家とコラボレートする「Life展」。安曇野ちひろ美術館で5月7日(月)まで開催され、7月28日(土)よりちひろ美術館・東京にて展示がスタートした、plaplaxによる「Life展」あそぶ。多様なメディアを使いながらも、どこかアナログ感の残るplaplaxは、ちひろのあそび心をどうとらえて作品化したのだろうか。今回は、「Life展」子どものへや のコラボレーション作家でもある、トラフ建築設計事務所の鈴野浩一さんとふたりの娘さん、はなさん(11歳)、はるさん(5歳)に作品を体験していただいた。体験型の作品に必要な“余白”は、どうやら絵本にも建築にも通ずるようだ。

 

安曇野ちひろ美術館は、北アルプスの麓にある。清流が脇を流れ、大自然に囲まれた場所に立つ一軒の山小屋のような美術館は、入るとぷうんと木の香りがする。建築を手がけたのは、ちひろ美術館・東京と同じ内藤廣さんだ。特徴的な三角屋根、大きな窓は開放感があり、外が曇りでも館内にはあたたかな光が回る。まるで自然と一体となったかのような居心地のよさである。トラフの鈴野さんは、建築からちひろ美術館のことを知っていたという。

「ちひろさんの作品はもちろん知っていましたが、そこまで深くは理解していませんでした。でも、大人になって内藤廣さんの建築から、ちひろにもう一度出会うことが出来ました。安曇野館は、木の包容力がありながらも、すごくあたたかい。低い位置に庇が出ていたり、スケール感を小さく見せるような工夫もある。建物は大きいのですが、コンパクトに見えるようになっていつつ、おおらかな感じがあって。すごく落ち着く空間なんですよね。なかにいる人それぞれが、好きな居場所を探せるような。そんな建築だと思いました」と鈴野さん。

トラフの作品については、7月21日(土)から始まる「Life展」子どものへや の際に語っていただいたので、今回はplaplaxの「Life展」あそぶ を体験していただくことにしよう。plaplaxは近森基、久納鏡子、筧康明、小原藍によるアートユニットで、映像やデジタルメディアなどを使ったインタラクティブな作品制作に定評がある。しかし、いわゆる最先端のテクノロジーを感じるようなメディアアートとは一線を画し、どちらかというと自然物と接したときに得られる「見る」「聞く」「触る」といった気づきを増幅させるために、映像装置やプログラミングを用いているように思える。彼らが今回ちひろとのコラボレーションでテーマに掲げたのは「あそび」だ。plaplaxは以前より積み木や絵本、影絵などの作品を手がけており、あそびへの関心は高い。「あそび」という観点でちひろの作品を見直すと、さまざまな「あそび」が発見されたという。常にちひろが描いた絵のなかの子どもたちの「あそび」、ちひろ自身が絵を描く際にさまざまな技法を試した、その探究心も「あそび」のひとつ。また、作品を体験する私たちも目いっぱいあそべる展示になっているのだ。

 

体の感覚を通し、
ちひろの世界に入る。

最初の展示室にあったのは、ひとつの白い画机。その上には、グレーのハサミや絵筆、パレット、鏡などが配置されている。そこにはタネやしかけが……、ないはずはない。はなちゃんとはるちゃんは机に駆け寄り、最初は不思議そうに見ていたが、「触っていいんだよ」と声をかけると恐る恐る画材のひとつに手を触れた。すると──。

シャラララ♪というピアノの音とともに、ちひろの絵が浮かび上がってきた。パステルに触るとパステル画、水彩絵の具に触ると水彩画による子どもの絵が登場。鉛筆に触れると鉛筆で描かれたあかちゃんが出てくる。子どもたちは一度仕掛けを理解すると、もう止まらない。両手を目いっぱい使っていくつかの画材を同時にを触ってみたり、「私はパレットが好き」といって何度も同じ箇所に触ってみたり、自分の肌や服に映像の色が重なるのを楽しんだりもしていた。

次の部屋は、《絵本を見るための遊具》という作品だ。この作品は、映像もプログラミングも使用されていない、完全にアナログなものだ。建築家A+Sa(アラキ+ササキアーキテクツ)を迎え、絵本の世界に入り込む遊具をつくり上げた。plaplaxの近森基さんに尋ねると、こう答えてくれた。

「これまで建築家の方とコラボレートすることはありましたが、A+Saといっしょに作品をつくるのは初めてでした。今回ごいっしょしてみて、建築家のスタンスと似ているような部分があることに気づきました。建築もメディアアートも、感覚的なところと論理的に積み上げていく部分の両方が必要で、実際に鑑賞者が作品に入り込むことで初めて作品が成立する。また、大巻伸嗣さん(「Life展」まなざしのゆくえ でコラボレート)のような現代美術家の場合であれば、作家自身のメッセージが重要ですが、僕らの作品はちひろさんの作品をさらに楽しむためのプラットフォームのような。少し余白を残しておき、解釈や楽しみ方を鑑賞者に委ねるようなつくり方をしています」

大きな階段、くぐり抜けられるトンネル、のぞき穴がたくさん開いた壁、鈴野さんが入っている空間には絵本が3冊置いてある。plaplaxが好きな作品だという、ちいちゃんの絵本シリーズ『ぽちのきたうみ』『となりにきたこ』『ことりのくるひ』だ。この3冊の絵本のモチーフが、さまざまな箇所に配されている。どうやって作品を見たらよいかなど提示されていなくとも、子どもたちはずんずんと遊具に向かっていく。

はなちゃんとはるちゃんは、最初は絵本などに目もくれず、階段を上ったり下りたり、トンネルをくぐってなかに入って、のぞき穴をのぞいてみたり、周囲を走り回ったり、ダイナミックな遊び方をしていた。ひとしきり運動が終了すると「絵本を読もう」とはなちゃんがなかに入り、いっしょに絵本を読み始める。すると、はるちゃんが「ぽちがいる!」と、一冊の絵本を持って外に飛び出してきた。

絵本を持ちながら周囲を走り回り、ぽちを探すはるちゃん。「何匹いるかな??」といっしょになって追いかけるはなちゃん。最後は、ふたりでちいちゃんのとなりにすわって絵本を読み始めた。いっしょに海に来た気分を味わったのだろうか。遊具と絵本と鑑賞者のインタラクティブな関係を見ていると、なるほどplaplaxがいつも手がけている作品と考え方は同じなのだと納得した。

 

自由度の高い作品は、
新たにあそびが生まれる。

次の展示室は《絵のなかにあそぶ》というコーナーだ。plaplaxがちひろの技法に着目し、淡い色彩と色の混ざり合いが美しい「にじみ」と「白抜き」を、からだで描く作品となった。「にじみ」はどうやってつくるのだろうか。水で塗らした紙にぽたりぽたりと水彩絵の具を落としていく。水滴となった絵の具が紙に触れると、ふわっと色が中心から外に向かってどんどん広がっていく。そこに新たな色を加えると、重なり合う部分が混ざり合い、新しい色が生まれてくる。

展示室内の真っ白な床に一歩踏み出すと、ピアノの音色とともに色があらわれてくる。次の一歩を踏み出すと、前の一歩はだんだん色が薄くなっていく。色だけではなく、音にも「にじみ」は通ずる。ピアノの鍵盤を一度叩いたら、そのあとはもう手を加えられず音は減衰していく。その現象を絵の具によるにじみのイメージと重ねてつくられた音楽は、高見澤淳子さんが担当した。

色と音をひと通り体験すると、次に「色を全種類出してみよう」「周りだけで歩いてみよう」と試してみたり、「全部を色で埋め尽くして白い部分をなくそう!」と走り回ったり。かと思ったら、音に合わせてダンスを踊っていたり。一歩踏み出したら色と音が出るというだけで、次々と自然に新しいルールが生まれ、それが新しいあそびになっていたのが印象的だった。

次の作品は、ちひろの絵で使用される「白抜き」の技法を体験できるものだ。「白抜き」は、塗り残した紙地のまわりに絵の具を置くことで、白いシルエットを浮かび上がらせる技法だ。スクリーンの前に立つと、その部分が白く切り取られ、ちひろの絵のなかに入ったかのような体験ができる。ここでも鈴野家はあそびが上手い。3人重なり合って大きな人をつくってみたり、全員で違うポーズを取ってみたり、絵のなかにいる子どもと同じ格好をしてみたり……、ノンストップであそびを生み出していた。

作品を体験し終えた鈴野さんに今回の展覧会の印象を聞いた。
「大人が意図したような商業的なものになると、子どもたちは気づくようで体験はするけれどもすぐに飽きちゃう。なので、実際今日もあそんでくれるか不安だったんですが、ずーっと飽きずにあそんでいたのでびっくりしました(笑)。インタラクティブなんだけどアナログ的な部分が残っているからなのかもしれませんね。また、いろんな入口が開かれている感じがしてすごくいいと思いました。自分たちが入り込める余白が残されているから、子どもがルールを自分たちでつくってあそびを発展させられる。ちひろさんの絵もそうだし、plaplaxさんの作品もそういう部分が多分にあるのだと思います。こういう作品が常設になったらいいのにと思いました」

ちひろの絵も確かにそうだ。子どもを持つ親は自分の子どもにも見えるだろうし、自分の子ども時代を思い出す人もいるだろう。どの作品にも、鑑賞者が入り込む余地があるし、ちひろ作品は多くの人の脳裏に焼き付いている。plaplaxの作品もそうだ。語弊があるかも知れないが、だれの作品かとか作家の思いなどを気にせずとも作品に没頭できる。それじゃあ作家や作品のことを理解したことにはならないという人もいるかもしれないが、そんなのは大人の話。こちらが「ストップ」というまで真剣にあそび続けた子どもたちの体と心の記憶には、きっとすてきななにかが刻まれているだろう。

撮影:森本菜穂子
テキスト:上條桂子

「Life展」あそぶ plaplax は、7月28日(土)より、ちひろ美術館・東京にて展示がスタートしています ~10月28日(日)まで