Life展誕生秘話、グラフィックデザイナー長嶋りかこの想い。

生誕100年を迎えるいわさきちひろが、現在活躍するさまざまな作家とコラボレートする「Life展」。年間を通して、大巻伸嗣、plaplax、石内都、spoken words project、トラフ建築設計事務所、谷川俊太郎、長島有里枝という7組の作家がちひろと向き合う。本展のビジュアルはもちろん、展覧会全体の骨子に携わったグラフィックデザイナーの長嶋りかこに、本展への思いを伺った。

 

──いわさきちひろとの出会いを教えてください。仕事をする前に持っていた印象を教えてください。

幼いころに学校の図書館や実家で見た記憶があり、そんな自分のぼんやりとした記憶の景色のなかにあるかわいらしい絵、という印象で、”そういえばあった”程度の、空気的な存在でした。なので、今回展覧会のお話をいただいた時点では、正直にいうと特別彼女に共感はありませんでした。しかし息子さんやお孫さんや美術館の方々からお話を伺っていくうちに、あのかわいらしい絵とは裏腹に彼女の骨太な精神を知ることとなり、創作に携わる人間として、商業に携わる身として、働く女性として、母親として、女として、彼女に対してさまざまな共感を覚え、お仕事をさせていただくこととなりました。

 

──今回生誕100年のお話をいただいたときに、最初に考えたことは何ですか?

おそらく私のように、いわさきちひろの絵を遠い昔に見たことがある、という人はたくさんいると思います。世代が上になればなるほど、親しみを持って接していた鮮明な記憶があるように感じますが、私より下の世代は、見たことあるような気がする、もしくはまったく知らないという人がほとんどです。しかし、彼女の骨太な精神には普遍的なものがあります。境界線がなく、紙とも顔料とも水ともにじみ合い織りなす絵からは、利己的な価値観によるものへの対抗心、ヒエラルキーなくすべてのものを等価に慈しむ慈悲の心、無抵抗な自然へのあこがれを感じました。その無利己な姿勢からは、昨今の憲法改正や原発問題などのさまざまな世の流れを問われているようにも感じ、今の時代に彼女の絵を新たに見直し解釈していくことは、とても意味のあることかもしれないと思いました。なので、ちひろの絵を見てほしいという気持ちよりも、ちひろの“視点”を知ってほしいという意図で作家さんの提案をさせていただきました。ちひろの持つ思想を作家さんたちのフィルターを通すことで作品が新たに翻訳され、背景にある彼女の思想が見えてくるのではないかと考えたからです。

 

──年間を通じてのコンセプト「Life」に込めた思いを聞かせてください。

日々の暮らしの小さな出来事を大切に生き描き続けた姿勢や、目の前のいのちも遠くの見えないいのちも、ちいさないのちも大きないのちも、変わらず等価に向ける彼女の強くやさしい眼差しは、“暮らし”“いのち”“人生”“いきもの”“生涯”、という意味を内包する「Life」ということばにより、さまざまに角度を変えて伝えていけるのではないかと考えました。

『いわさきちひろ生誕100年 Life Chihiro Iwasaki 100』

 

──アートディレクションのポイントを教えてください。絵の選び方のポイントや書体ロゴのつくり方、全体的にどういう印象にされようと考えたのでしょうか。

これまでちひろ美術館で制作されてきた広報物やグッズなど、原画のやさしさをそのままにとてもやわらかい雰囲気でやさしくあたたかいデザインが多かったのですが、今回のグラフィックにおけるタイポグラフィからはそのやわらかさはなく、むしろ堅さが感じられると思います。これにはちひろへの既視感を拭うべく、少々対照的な佇まいにより、これまでのちひろの展示とは違う主旨であることを視覚的に瞬時に伝わるようにしたかったのと、これまで接点のなかった人々にもこの展示を届けたいという意図がありました。同様にグッズに関しては、ちひろの絵のトリミングをかなり大胆に切り出しています。これまでは原画そのものをとても大切にそのまま配置されているグッズがほとんどだったのですが、今回はちひろの水彩画のにじみ合う技法とその色使いの鮮やかさにフォーカスさせ、トリミングによってややテキスタイルデザイン的な印象を与えています。こちらもまた新たな層へ届けたいという意図でした。

上段:日傘(晴雨兼用)/中段左:はがき 右:自由帳/下段左:おりがみ 右:マスキングテープ

 

──この仕事を通じてちひろの深部に接したと思いますが、それによってちひろの印象はどう変化しましたか?

子どもを描き続けているせいか”やさしい母親のちひろ”というイメージが強かったのですが、あの時代に、自立して自分の能力を活かしながら働くというのは、相当な自立心がなければ難しかったのではないかと察します。そして政治に対しての関心度の高さ、社会に対しての疑問の眼差しを思うに、きっと現代に生きていたらフェミニストだったのではないでしょうか。作家としてのちひろに関していうと、イラストレーターという商業に関わる仕事から次第に画家へと身を投じていく道の途中でこの世を去ったちひろは、明らかに悔しさを残しましたが、相手が描いて欲しいものを描く仕事から、描きたいものを描く世界の健やかさと苦労は、きっと彼女なりの手応えと、もっといけるという欲をつれてきたのだと思います。そういう意味でも、私の彼女へのイメージは、やさしさから強さへと変化していきました。

 

──いちばん記憶に残っている絵本(絵)はどれですか? その理由も含めて教えてください。

メインビジュアルにした、「けしの花のなかのあかちゃん」です。花とあかちゃん、ふたつのモチーフはあまりに最大公約数的なやさしさのイメージに包まれていますが、私自身が子のいのちを授かった今、身を以てこの花とあかちゃんに向けられたちひろのまるっとした眼差しに共感します。いのちの奇跡、なんてことばでいっても絵で描いても、あまりに普遍的であまりにやさしすぎて、空気のように流れてしまうけれど、だからこそ無下にされる対象でもあるのだと思います。ゆえに彼女は子どものいのちを描き続けたのだとも思うのです。

いわさきちひろ けしの花のなかのあかちゃん 1960年代後半

 

──各展覧会でそれぞれコンセプトは違うと思いますが、一年を通じて、観客にはどんなことを感じてほしいですか?

ただかわいらしいだけではない、ちひろの絵の背景に流れている彼女の精神を、さまざまな作家さんを通じて感じていただけたらうれしいです。各作家さんはさすがのお仕事をしてくださっていて、予想以上にそれぞれがちひろをならではの角度で解釈をしてくださり、毎回が想像以上の展示になっています。まだあと半分あるので、私自身も残りの展示をとても楽しみにしています。

 

テキスト:上條桂子